- 2009-07-26 (日) 22:33
- 活動紹介

まちづくり対談:大阪エヴェッサ・今野翔太選手/瀧川健一朗
■プロフィール■
今野 翔太(こんの しょうた)選手
大阪府摂津市出身のプロバスケットボール選手。日本男子プロバスケットボールリーグbjリーグの大阪エヴェッサ所属。ポジションはポイントガード/シューティングガード。背番号20→7。184cm、83kg。
理事長:本日はご多忙の中、ありがとうございます。2008-2009シーズンが終わったところで、ちょうど疲れを癒しているところを申し訳ありません。今年は、大阪エヴェッサにとって4連覇がかかったシーズンだったと思います。また今野選手も入団して2年目になりますね。振り返ってどのようなシーズンでしたか。
今野選手:そうですね。3連覇を果たした一年目のシーズンはまったくと言っていいほど試合に出れず、チームとしてはもちろん嬉しい優勝の瞬間も、ただベンチに座っているだけで僕としては悔しい思いでいっぱいでした。ですから、2年目(今年)に入ってからの僕の目標は、試合に出て活躍してチームを4連覇に導くという事でしたね。結果、4連覇はできなかったですけれども、プレータイムも増え自分のプレーも出せたので、僕にとっては充実したシーズンとなりました。
— 団結力 —
理事長:聞いた話では、チームの選手の入れ替わりがたくさんあったと聞きました。僕らの青年会議所も毎年組織が代わり、違うスローガン、目標に向かって活動しているのですが、チーム大阪エヴェッサの統一感という意味ではどうでしたか。
今野選手:9月下旬に4人目のアメリカ人選手が合流し、ようやく全員揃ったところから開幕まで2週間あまりだったのでチームとしてはまだまだでした。この形で固まるかな、と思った矢先にトレードもあり、その頃はなかなかチームプレーが噛み合いませんでしたね。ですが2月に入り、一番年上でチームをまとめるのがすごく上手なライアン・ブラックウェル選手というアメリカ人選手が加入してきたおかげで、チームとしての形がうまく出来はじめ、最終的にいいチームになったと思います。
理事長:我々もたくさんのメンバーで活動をしていて、ひとつの目標に向かってチームが団結するのですが、その団結したときの力というのは、何ものにも変えられないものですね。それをライアンさんが参加されたときに感じたのですね。
今野選手:はい。それはすごく感じました。試合に出る選手、また出ない選手がいても、一人ひとりが練習にすごく気合が入っていてチームとして「やってやろう!」「4連覇しよう!」という気持ちが目に見えてわかりましたね。

— 活動について —
理事長:では、少しチームのことでお聞きしたいのですが、大阪エヴェッサというチームの名前は、商売繁盛の神様『えべっさん』にちなんだと言うことを伺っているのですが、大阪を活気づける存在でありたいということが願いだというふうに聞いています。そこで、大阪のまちに対しチームとして活動していることは何かありますか。
今野選手:そうですね。「エヴェッサキャラバン」という活動で、小、中、高校を訪問して、『僕がどうしてプロになったのか』『プロ選手とは』といった話や、バスケットボールを通じたふれあいを行っています。
理事長:大阪出身ということ、また中学校が摂津市で、高校、大学は吹田市で学ばれてたのですね。子どもの頃から大阪で育ち、現在、試合で地方に行くことが多いと思いますが、他の地域に比べて大阪のこういうところが『良い』など何かありますか。
今野選手:関西弁がすごく好きなので、試合に行くとヤジなんかが、『なんやねん!それぇ!』とか、大阪独特の言葉がすごく好きです。一体感があると思うんです。
理事長:先ほどお話しされていたのですが、各小学校、中学校、高校と訪問して子供たちとふれあう活動をされているということなのですが、具体的にどんなお話をされているのですか。
今野選手:例えば小学校なら、『自分が小学校のころにどんな夢も持っていたか』や『その夢をかなえるために何をしてきたか』などを話します。
— 夢 —
理事長:今年、私は吹田青年会議所の理事長として、スローガンを 『Believe Your Possibility』(ビリーブ ユアー ポッシビリティー)と掲げました。意味は、『人それぞれにいろんな可能性がある』ということ、そして、『その可能性を信じて、頑張っていけばどんな夢でも叶う』ということです。もし、その夢が叶わなくても、努力した事が結果的に何かにつながると思うんです。今回の「D-Suita」という事業もそうなんですが、中学生、高校生ぐらいの青少年に夢を持って欲しい、そしてその夢を何とか叶えてあげたい。その夢の実現をきっかけとして、青少年が将来、色々な夢を可能にできるように、そんなことを事業にしていこうと思っているのです。そこでお伺いしますが、今野選手の子どもの頃の夢は何でしたか。
今野選手:僕は小学校5年生からバスケットを始めたのですが、ものすごくハマってしまいまして。その頃、プロはなかったのですがその頃の卒業アルバムには将来『プロバスケットボール選手になる』と書いていましたね。
理事長:では、その頃に日本にはプロはないけれども、アメリカに行ってでもプロになろうと思っていたのですかね。
今野選手:はい。そうですね。
理事長:すごいですね。今野選手はプロになるために、たくさん努力をされたと思います。『人とは違う』、『同年代の仲間とは違う』ということはされていましたか。
今野選手:そうですね。それはずっと心がけていましたし、小さい頃から仲間と同じ事をしていたら仲間より上手になれないと気づくのが、僕は誰よりも早かったと思います。僕は小、中、高等学校と強いチームではなかったのですが、個人として負けん気がすごい強かったから、みんなとは一緒のことはやらないと決めていました。それと、『努力』と口で言うことはすごい簡単なのですが、その『努力をどうするか』、『どう頭を使って行動に結びつけるか』が難しくて、その事で僕は長けていたのだと思いますね。
理事長:そういう人と違った才能だからこういう立場までこられたと思うのですが、少し後ろ向きな話、もし仮にプロの選手になれていなかったら、今野選手は何になっていましたか。
今野選手:そうですねぇ~。困りましたね。一応、大学で就職活動もしていたので、もしも営業だとしてもだれにも負けないように努力していたと思います。
理事長:その『プロバスケットボール選手になるんだ』という気持ちが強かったから『夢が現実になった』という風に考えていいんですね。
今野選手:そうですね。

— 子供たちへメッセージ —
理事長:『この夢を絶対叶えたい』ということで、いろんな事を犠牲にもされたと思います。また、『たくさんの努力をされたからこそ結果としてプロになれたのだな』と思います。では、夢を実現したプロ選手として、今の子供たちの夢を叶えるためにアドバイスもしくは、メッセージをいただけますか。
今野選手:はい。さっきも話したのですが、『努力をすれば夢は叶う』とどこでも聞く話ですが、その努力をどれだけあきらめずに続けられるかが僕は大事なことだと思います。だから目標を見失わずに小さな目標を積み重ねていけば、絶対に後悔はしないし、もし夢がかなわなくても次のステップに進めると思うので、皆さん諦めずに頑張ってください。
理事長:ありがとうございます。では、最後ですけれども、今野選手の今の夢は何ですか。
今野選手:今の夢は、日本代表になることですね。
理事長:そうですね。今野選手はまだまだお若いですし、まだまだ活躍していただけると思います。我々、吹田青年会議所も大阪エヴェッサさんとこれから色々と協力をしながら、地域貢献や青少年のためにできることを探していきたいと思います。これからも我々は今野選手を応援させて頂きます。本日は本当にお忙しいところありがとうございました。

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